東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)94号 判決
事実及び理由
一 請求の原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
(一)1 本願考案の要旨、各引用例の記載内容が審決認定のとおりであること、本願考案と第一引用例記載のものは胛被の下端周縁に中底を袋縫いするとともに靴底を一体状に接着している点で一致していること、袋縫いした胛被を靴型に嵌装後、靴底を一体状に成型すると同時に接着する手段として、本願考案は、靴型と靴底、テープ等の形状に相応する成形部を有する成形型とにより構成される空隙部に合成樹脂を射出し又は発泡ポリウレタン液を注入固化させたのに対して、第一引用例のものは靴底に相当するゴム本底を押型に入れて和硫圧着させた点で相違することも審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 ところが、原告は、本願考案にかかる靴は、中底が縦方向に伸びきつたまま底付けされた構造のものに限られるとし、審決は、第一引用例のもののように単にたるみがないように密着した構造のものとの間に存する相違を看過した旨主張しているので、この点に関する審決の判断の当否について考察する。
(1) 審決は、本願考案にかかる靴の中底の構造は原告主張のように中底が縦方向に伸びきつたまま底付けされた構造のものに限られると解しなかつたことは審決理由から明らかである。
(2) そこで、審決の右解釈につき、以下本願明細書の記載に即して吟味することとする。
ⅰ 成立に争いのない甲第二号証(本願考案の出願公告公報)によれば、本願明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、前記認定の本願考案の要旨と同じであり、原告主張のように中底を縦方向に伸びきつたまま(縦方向に収縮力が働いている状態で)底付けするものに限られるとは明記されておらず、中底を袋縫いした胛皮を靴型に「嵌装」する、とあるのみである。
ⅱ そこで、本願明細書(甲第二号証)の詳細な説明および図面を参照すれば、本願考案が除去すべきことを意図した従来例の欠陥についての記述として「……合成樹脂射出成型底または発泡ポリウレタン底を連続成型装着する布靴の先端の反り返りは、靴型に胛被が嵌装される際伸びきつたままの中底の上面の布が吸湿吸水して収縮することによるもので、一旦収縮すると水分が乾燥しても靴成型時の原形に復せず、反りが残ることが判明した。……」(2欄第17行~23行)との記載及び「本案の靴は靴の反り返りの原因となつた中底布の水分吸着による収縮を完全に防止したので、靴の反り返りを完全に防止することができ……」(3欄第16行~4欄第2行)との記載があるけれども、中底が吸湿吸水により収縮されるのは、中底が伸びきつたままで底付けされた場合に限られる理由はなく、同質材料製の中底である限り伸びきつてはいないが中底が靴型にたるみのない程度に密着して底付けされた場合でも生じうることは見易い道理であることに照らすと、実用新案登録請求の範囲に中底を縦方向に伸び切つたまま底付けするものに限定する旨の明記がない以上、本願考案の要旨を原告主張のように限定解釈することはできない。その他本願明細書の考案の詳細な説明および図面を通覧しても原告主張のように限定解釈すべきことの根拠となりうるような記載は見当らない。
(3) そうすると、本願考案における中底の構造は「中底が縦方向に伸びきつたまま底付けされた(したがつて縦方向に収縮力が働いている)構造」のものに限らず、中底がたるみのない程度に靴型に密着した構造のものも含むと解するのが相当であつて、中底がいかなる状態で底付けされたものかという点に関しては本願考案と第一引用例記載のもの(中底が靴型にたるみのない程度に密着したものであることについては当事者間に争いがない)との間に相違はないとみるのが相当であり、この点につき審決の判断に誤りはない。
3 つぎに、審決認定のように、本願考案においてビニール合成樹脂等が中底の内面となるよう構成されているのと対応して第一引用例記載のものもゴム部分が内面となるよう構成されているといえるかどうかについて検討する。
(1) 成立に争いのない甲第三号証の一(第一引用例)によれば、第一引用例には「中底はゴム又は芯布を介入したるゴム材にして……」(一頁右欄第5行~6行)と記載されていることが認められ、右の記載によれば第一引用例において中底を構成するのは、「ゴム又は芯布を介入したるゴム材」である。ところが、右甲第三号証の一には、引用発明の実施例の図面につき「胛革aは通常の皮革にして、此の裏面にゴム材又は数枚の布1、2を芯としたるゴム材bを宛て更に該ゴム材の裏面に裏布cを宛て三者を圧着して胛皮を形成す。」(一頁左欄第26行~29行)との記載があるところからみて、前記中底を構成する「ゴム又は芯布を介入したるゴム材」は、右胛革を形成する「ゴム材又は数枚の布1、2を芯としたるゴム材」と実質上差がない(芯布の枚数の点は除く)ものと解されるところ、胛皮における布芯(芯布)1、2は、胛革aと裏布c間に介在する平板上のゴム材bの内部に、かつ、ゴム材bと平行状に埋設されていることが連続した線で示されている図面からみて、芯布1、2の全体がゴム材で被覆されていて芯布1、2がゴム材の表面に露出していない構成のものとみることができる。
そして、第一引用例における中底の芯布がゴムの表面に露出しないものといいうることは前記のとおりである以上、第一引用例においても芯布が湿気および水分から遮断されていることは明らかである。
また、原告は、中底をゴムで構成する場合、ゴムの質を固くするために布屑入ゴムを一部混入することが行われており、第一引用例のものもそのような構成のものである旨主張し、成立に争いのない甲第四号証(工業通信社出版部昭和二四年四月二〇日発行「工業技術」)によれば中底をゴムで構成する場合ゴムの質を固くするために布屑入ゴムを一部混入することが便利であることがうかがわれるけれども、第一引用例における「芯布を介入したるゴム材」をそのようなものであると認めるべき根拠はない。
(2) そうすると、審決が、本願考案において中底を構成する基布にビニール合成樹脂等を塗着し、その面が内面となるようにした構成を、第一引用例において中底全体を芯布を介入したゴム材で構成されているのでゴム部分が常に内面にある点と相応するものとしてこれを一致点に挙げたことに格別誤りはない(なお、吸湿性のない点では合成樹脂とゴムとで格別差異がない。)。
4 ところで、本願考案と第一引用例との相違点について、靴型と靴底の形状に相応する成形部を有する成形型とにより構成される空隙部に、可塑化ポリ塩化ビニール樹脂等の可塑性材料を射出固化させて靴底を形成した靴が第二引用例に記載されており、かつ、その際、靴底とともにテープ等も成型と同時に接着固化させることが本願出願前周知であることも当事者間に争いがないから、本願考案の構成は容易であると考えられ、原告主張の、本願考案の中底の吸湿性を無くするという点も、前記のように第一引用例の中底と大差がないと認められる以上、とくに当業者にとり技術常識に反する飛躍的なものとは、とうてい認められない。
(二) そうすると、本願考案は、両引用例に基づききわめて容易に考案できたものであるとした審決の判断に誤まりはなく、審決を取り消すべき事由はない。
三 よつて、本訴請求を棄却することとする。
〔編註〕本願考案の要旨は左のとおりである。
胛被の下端周縁に、基布にビニール合成樹脂等を塗着した中底をビニール合成樹脂等の面が内面となるよう袋縫いし、袋縫いした胛被を靴型に嵌装し、該靴型と靴底、テープ等の形状に相応する成形部を有する成形型とにより構成される空隙部に、合成樹脂を射出しまたは発泡ポリウレタン液を注入し、靴底およびテープ等を成型と同時に接着せしめてなる靴。